ならぬ。

     舎営風景

 Sはまだ此処へ着いたばかりで、部下の宿舎をゆつくり巡視する暇がなかつたらしく、私にも見て行かぬかといふので、二人は車を待たして一緒に本部を出た。
 村落は全体で人家が五十戸もあらうか、わりにちやんとした門構へでそのくせ中へはひると、それほどでもないといふやうな家が多く、このへんもやはり住民の大部分は何処かへ姿を消してゐた。
 宿舎はすべて、住民のゐない家に限られてゐるが、なかに一軒、門の扉へ「日本軍入ルベカラズ」といふ貼紙がしてあるのがある。
「これはどういふんだい、誰が貼つたんだらう?」
 私は不審に思つて訊ねた。
「ふゝん、こつちで粘つたんだらう」
「こつちとは? 日本軍でかい?」
「さうさ」
「まるで、向うがやつたやうだね。すると、なんのためかねえ?」
「いや、夜になると部落の女どもを集めて番をしてやるんだよ。親切なもんだらう?」
「ほう、なるほど、それやよく気がついた。用心をするに越したことはないね」
 二人は笑つた。
 この時、私は端なくも、欧洲大戦の時、フランスの村落へ侵入したドイツ軍の兵士が、村の若い娘たちと意気投合してしまつたといふ話
前へ 次へ
全148ページ中76ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング