が、一度おれも乗せてみてくれないかなあ。日にちがなくつて前線まで出られないんだ。こゝで引つ返すのは少しいまいましいから」
「うむ……」
と、考へて、
「まあ、そいつはよせ、見えやせんよ」
「しかし、新聞記者は爆撃機にさへ乗せてもらつてるぜ」
「貴様はよせ」
なんと云つても、彼は相手にしないので、私は、妙に拍子抜けがして、そのまゝ口をつぐんだ。
彼もどうやら気まづげであつた。
この瞬間の印象を今想ひ出して、私は、彼の胸中を読む術のなかつたことを憾みとする。
話は飛んで私が東京へ帰つた翌日であつたが、何気なく新聞の記事に眼を通すと、丁度私がSを訪れた日の直前、彼の部隊の○○機一機が、偵察飛行中、行方不明になつたことが発表されてゐるのである。
Sは、さうしてみると、私が訪れた日は、このことで頭がいつぱいであつた筈だ。しかも、それをまだ私にも語る自由をもつてゐなかつたのだと思ふと、彼が私の申出を拒んだ理由も、いろいろ複雑な気持からであつたことがわかる。
「出てゐる飛行機が還つて来るまで、気が揉めるつちやないよ」
さもあらうと、たゞ聞き流した私の耳は、彼のストイツクな沈黙に恥ぢねば
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