けぢやない。代用食と半々にする手筈をきめてゐたところが、やつと今日あとが着いたんだ。さあ、遠慮なく食つてくれ」
「酒はどうだ? 不自由はしないか?」
「う? うむ……」
と、言葉を濁し、Sは当番を顧みて、ウヰスキイがあれば出せと命じた。いや、あるにきまつてゐる。私が欲しいといふのではないのである。
「留守宅は東京だつたね。何かことづけはないか?」
私が云ふと、彼は血色のいゝ顔を更に綻ばせ、
「いや、別にない、序があつたら、元気にやつてるつて伝へてくれ。こんな贅沢な部屋に住んでることも話してくれ。こつちへ来ないか。おれの居間だ」
戦場と思へば、これでも贅沢といふ意味であらう。形ばかりの家具、寒々とした壁の下に白い毛布をひろげたベツトがある。
二三年前、同乗中の飛行機が墜ちて、彼は大怪我をし、再起不能とまで伝へられたことがある。その後の健康について、私は訊ねた。
彼はいくどもうなづくやうに首をふり、
「もういゝ」
とあつさり答へた。
「自分で偵察に出かけることもあるんだらう」
「あるよ」
「よく下が見えるかい?」
「見えることもあり、見えんこともある」
「それや、高度次第だらう
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