。
「責任感の強い男だからなあ」
イガ栗頭の若い隊員が感慨をこめて呟いた。
××は、隊長代理として第一線に出てゐた、まだ三十前の青年ださうである。堀内氏は、この左翼転向者たる青年を最も愛し、信じてゐたらしい。
「ようし、わしがきつと仇を討つてやる」
かういふ時には、かういふ言葉が、極く自然に出るものらしい。
「隊長には敵の弾丸がまともに中らないから不思議だ」
隊員の一人がまた独言のやうに云つた。
「うむ、なにしろ、唇と喉笛とをかすつただけだからなあ。眼だつて大したことはないし……」
彼は、さう云つて、唇と咽喉とに、皮膚をすれすれに指で弾丸の通る形をしてみせた。
「わしを是非前線へ出して下さい。かうしちやをられんです」
さつきの若い隊員が席を蹴つて起つた。
「支那服を持つとるか?」
「いや、こゝには持つとらんですが……」
「僕が一着、古いのでよけれや持つてるよ」
従軍僧A氏が、この時、一隅から声をかけた。
S部隊長との一つ時
「○○北方高地一帯の敵陣地には動揺の色が見えました。○○部隊の左翼は○○河の渡河を終り、対岸の敵を急追中であります。敵の遺棄死体は四百乃
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