の自ら語るところを聴かう。
「わたしは支那の女を女房にしてゐます。北京にはもう二十年ゐますが、少しは御国のために働いたつもりです。女房が支那人だといふことは、わしが支那で仕事をする上の必要条件です。北京でMと云つて下さればわかりますが、これで見かけよりは信用がありますから」
 見かけはどうして、堂々たる紳士である。次に、自称「浪人」W氏、曰く、
「僕ですか、僕は別にこれといふ任務はないんです。ひとつ、これから黄河を渡つて、支那の真ん中に独立国でもこしらへようと思つてゐるんですが、うまく行きますか、どうか……。単身敵地へ乗り込んで行つての仕事ですから、下手をすれば生きては帰れません。文芸春秋はいつも愛読してゐます。文学のことはよくはわからんです。といふのは、少しは齧つてゐるといふことで、そのへんの連中とは違ひます。僕は、嘗て○○○の手記といふのを読んで感心した。○○軍を率ゐて南北を馳駆した時代のすばらしい記録です。内容も面白いが、文章がまた名文です。名文だと思ふんです、僕は……。それで、そいつを、仲間の川村といふ男と一緒に訳しかけてみたんです。川村といふのは、ほら、ご存じだと思ひますが、
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