ー」で満洲小唄を歌つてゐた女の一人であつた。
「大変だね。何処まで行くの?」
「わからんですたい。おかみが癪にさはつたから跳び出して来た」
「あゝさうか。あの晩、夜中に大きな声で怒鳴つてたのは、君だね?」
「聞いとんなさつた?」
「だつて、僕は、隣の部屋に寝てたんだもの」
「あら、ほんと?」
「君は満洲から来たの?」
それにはなんとも答へず、彼女は、風呂敷をほどいて梨を二つ三つ取り出した。
「わしや朝ごはんを食べとらんと……」
石家荘
兵士たちは、実に無口である。貨物列車のなかは、一方の戸が開けてあつても、光は隅々まで行き亘らない。それにしても、一女性の存在が、彼等をかくまで謹厳にしてしまつたのであらうか? みんな、それぞれに照れてゐるのである。
女は、最後の梨を私が貸したナイフと一緒に私の方へ差出した。
「まあ、とつとき給へ。そのうちにまた腹が空くよ」
「うゝん、お昼の分は、ご飯をこゝに持つてるから……」
さう云つて、ボール箱を叩いてみせた。
折角の好意であるが、私はその梨がなんだか衛生的でないやうに思ひ、ナイフだけを受けとつてポケツトへしまつた。
「僕は、支
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