を振ひつゝあるかを吹聴すると同様、今更云ふも愚かといふ気がするのである。
そこで、私は土産話になるかどうか知らぬが、私の僅か旬日の間に通つた道筋を追つて、いくらかでも戦争の臭ひのする人物風景の素描を試みてみようと思ふ。
文辞甚だ整はないのは、行李を解いたばかりで旅の疲れがまだ癒えないためと思つていただきたい。
出帆
船が神戸を出る時、私はなるほどこれが天津に向ふ船だなと思つた。
甲板には軍装いかめしい将校がいくたりかテープの束を握つて桟橋を見おろしてゐる。カーキ色の詰襟に袈裟をかけた従軍僧の一団が、これも不動の姿勢で見送人の歓呼を浴びてゐる。
「××部隊長万歳!」
群衆のなかの一人が音頭を取つた。
「万歳……万歳……」
これに和した幾百の若い声はひと眼でそれとわかる中学生らしい制服の一隊である。恐らくその学校の配属将校がこの船で戦地にたつらしい。
船が動き出してから、岸壁が見えなくなるまで、生徒たちは「万歳」を連呼し、帽子と旗を振り、そのたびごとに甲板では一砲兵少佐が挙手の礼でこれに応へてゐた。
外国人の男女が、私のそばでこの光景を珍しさうに眺めながら、切
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