乱してゐる。帳簿や、古い小説本、子供の絵本、法律書、殊に、裁判所の判例の写しが沢山ある。この家の息子の一人がその方面の学校へでも行つてゐるのであらう。裏庭へ出てみると、バスケツトボールの設備がしてある。純支那風のこの建物にそんな生活がどうして想像できよう。
 王君が金盥に湯を汲んで持つて来てくれる。なるほど大尉の軍服を着せたらさぞ似合ふだらうと思はれる立派な体格である。大陸には珍しい口髭も生やしてゐる。
 昨夜の食事の残りで朝飯をすます。
 荷物を運ぶための苦力が五六人召集される。
 朝霧のなかを、一行は城壁に沿うて、沙河の河畔へ!
 鉄橋のなかほどに機関車が一台立往生をしてゐる。河幅は千米もあらうか。洲の多い川である。鉄橋と平行に仮橋が架つてゐる。
 これが堀内氏の説明によると、二千人の苦力を集めて二昼夜のうちに完成した応急工事である。砲車も通ればトラツクも通る。われわれはその間を縫ふやうにして、やつと対岸へ着いた。
 乗馬将校の叫人が、演習のやうに号令をかけてゐた。堀内氏は、この橋に余程の執着があるらしく、
「まあ見て下さい。これが素人の架けた橋ですぜ。わしはひと晩、水の中に漬かつ
前へ 次へ
全148ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング