建物の様子がはつきりして来た。
「これはどういふ家ですか?」
 私の問ひに堀内氏は、
「穀物問屋です。この町では大尽ですよ」
「家族はみんなゐるんでせうか?」
「男だけは残つてゐるらしいですな。さあ、晩飯の支度にかゝりませう」
 隊員の支那人、賈陽山《ヂヤヤンサン》君が肉と野菜の買出しにやられた。もう一人の王振遠《ワンチエンユアヌ》君は、用がないと見えて、私のまはりをうろうろしてゐる。
 穀物問屋でも米がないとわかつたので、例の饅頭の皮みたいなものをこしらへることになつた。堀内氏が家の主人に紙幣を一枚握らせると忽ちサーヴイス振りが違つて来た。竈の火は赤々と燃え上り、油を煎る音が空腹を刺戟した。
 間もなく、賈君は豚肉と白菜と葱をしこたま仕入れて来た。王君が庖丁でそれを切る。味噌はあるが砂糖がないといふので、坂本氏がドロツプをひとつかみ鍋の中へぶちあけた。
 その夜、私は堀内、坂本の両氏と枕を並べて寝た。この一行は夜具の用意をして来てゐる。おかげで、私も寒い思ひをせずにすんだ。
「あなた方が連れてをられる支那人は、どういふ素性の人ですか?」
 私は、物好きに、かう訊ねてみた。
 堀内氏は
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