駈けて来る若い女の姿が眼に映つた。日本の女である。披女は、われわれの方へ一瞥を投げ、そのまゝとある建物のなかへ消えて行つた。
堀内氏は、
「おい、おい、ねえさん」と、呼んだ。
女は、襟をかき合せるやうにして、再び門口に現はれた。
「なにか、御馳走はできないかい?」
「わしども、たつたいま来たばかりぢやけん……」
「来たばかりだつていゝぢやないか」
「なんにも支度がでけとらんですたい」
「ほう、支度がいるか。そいぢや、また……」
「どうぞ……」
われわれは、一軒の空家とおぼしい家の門を潜つた。なかなか立派な家である。案内の支那人はもうゐない。堀内氏は、奥まつた建物の扉をこつこつと叩いた。
意外にも、その扉が中から開いて、五十がらみの割に品のいゝ男が顔を突き出した。堀内氏が言葉をかけると、その男は、大きくうなづきながら、屋敷の中の一棟を指さした。中庭を横ぎらうとすると、その庭の真ん中に大きな卓子があり、四五人の男が暗闇のなかで食事をしてゐるところである。
彼等は慌てゝ箸を投げ出した。一人の老人が私に椅子を薦める。他の若者は、急いで茶碗を洗ひ茶を汲んで出した。眼が馴れると、あたりの
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