者はひと先づ此処で「自分の行くべきところ」をたしかめなければならぬ。宿と食糧にありつくためには、○○へ出頭すべきだが、その在りかが第一わからない。明日の汽車の時間も知りたい。副官は声をからしてゐる。
 われわれは、そこへいくと、堀内氏といふ大船に乗つてゐるから、どう間違つても大したことはあるまい。
「たつた今、定県の駅が襲撃された」
 といふ言葉を、私は、辛うじて耳にはさんだ。
 堀内氏は、すたすた、裏道伝ひに新楽の城門を目指して歩いて行くのである。
「詳しいもんですね」
 私は思はず感嘆の叫びをあげた。
「いやあ、なんべんも来てますから……」
 城門をはひると、すぐに「新楽県治安維持会」といふ標札の出てゐる建物があつた。城内氏は、そのなかの一室をのぞき込んだ。五六人の支那人が蝋燭を立てた卓子を囲んでゐたが、堀内氏の姿を見ると、懐しさうに起ち上つて、口々に何やら挨拶を述べてゐる。
 やがてその一人が先に立つて歩き出した。街はひつそりとして、家といふ家は固く門を鎖してゐる。
 月が出たのであらう。空はほんのりと明るく、人影のない街は、却つて無気味であつた。
 と、いきなり、街角をこつちへ
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