つちは、自動車の上だぜ。おまけに、銃を持つてるのはおれともう一人特務兵がゐるきりだ。運転手の××上等兵は、しかし、えらかつたよ。落ちついてやがるのさ。おれたちが車から飛び出して、とにかく応戦してゐるひまに、ゆつくりハンドルを廻しはじめたんだ。弾薬盒の弾丸を二人で道の上へぶちまけて、そいつを代る代るこめたんだが、それを拾ふ手のそばへ、敵の弾丸がピユンピユン跳ねるんだ。不思議と当らねえもんだなあ。こつちだつて、無我夢中さ。眼の前にゐる敵が、どうしても撃てねえんだ。運転台で、『よしツ』つていふ声がしたから、『さ乗れツ』つてわけで、飛び乗つた。そん時、××上等兵が、『やられたツ』ていふから、『どこを?』つて訊くと、片手で肩を押へてるんだ。後ろからは、まだ雨のやうに弾丸が飛んで来る。タイヤをやられたと見えて、車はガタンガタンさ。もう駄目だと思つたよ。しかし、××上等兵はえらかつたなあ。たうとう頑張つて、帰つて来た。たつた今、病院へ連れてつたんだが、軍医殿は急所を外れてるから大丈夫だつて云つたよ。うん、すぐそこさ。あの山の麓の曲陽つてところだ。始めから危ねえと思つて、隊長にもさう云つたんだ。あゝ、
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