さうさ、豚を徴発に行つたのさ。なにしろ、敵前二十米で、あの大きなトラツクを廻れ右させるんだからな。あわてたらおしまひさ。もう少し前へ出てたら、道が狭くなつてるから、どうすることもできなかつたんだ……。最初、前の土手の上で……」
 話がまた始めへ戻りさうなので、私はそこを離れた。
 枯枝を集めて火を焚き、薯を焼いてゐる兵士がゐる。
 飛行機が一台はるか高いところを飛んでゐる。
 敵か味方かといふ穿鑿をするものもない。
 停車五時間半の後に、合図もなく汽車は動き出した。
 定県を過ぎると、日が傾き、線路間近に、支那兵の屍体が転がつてゐるのが眼につく。
 様々な形をしてゐる。俯伏せになり、片腕を額にあてゝゐるのもある。仰向けに、大の字になつてゐるのもある。なかには、今にも起き上らうとして膝をついてゐるのもある。さうかと思ふと、抜殻のやうに軍服だけがぺつしやりと地面に吸ひついてゐるのもある。土のなかから手袋をはめた片手がによつきり出てゐるのをみた時、私の傍らにゐた後備兵は、ペツと唾を吐いた。
 が、かういふ光景はやがて、夕闇のなかに没し去つた。
 と、汽車は、停車場もなにもないところへ停つた。
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