やうだが、堀内氏にくつついてゐればどうにかなると思つてゐたからだ。
 遂に私も空腹を覚えだした。餅菓子ひとつでは後が続くまいと思つたから、兵隊の真似をして、生薯と大根を齧つた。実際、これは真似事である。一食ぐらゐぬかしたところで平気なことはわかつてゐる。が、この調子でまたどんなところへ何時間も止められないとは限らないのである。
 私は、線路から離れて、あちこちと歩いてみた。人家は何処にあるのだらう? 例の蒲鉾形の墓のほかに、回々教の石塔もところどころに建つてゐる。近くで銃声が一発、続いてまた一発、聞えた。妙にのんびりとした気分である。兵隊はよく誤つて引金を引くことがある。これを暴発と云ふが、多分それであらうと思つてゐると、畑のなかを、瘠せた小犬が一目散に走つてゐるのが目につく。
 汽車はまだ出さうもない。

     新楽まで

 守備兵の一人が、切りに大声で車の上へ話しかけてゐる。何気なくその話に耳を傾けると、
「驚いたよ、まつたくそん時は……。前を見ると、土手の上で白いものがさつと動いた。二十米もないんだぜ。すると、道の両側からパンパンパンと、一斉に撃ちだした。五十名以上ゐたな。こ
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