、一種特別な香りと味とをもつてゐる。
汽車は何時の間にか動きだし、何時の間にか止つてゐるといふ風である。人々は、だんだん退屈しはじめた。身動きもならぬ。背嚢の間に挟つて、居睡りをはじめるものもある。話声も聞えない。
私は、遠く西の方に聳える山の連りをさつきから飽かず眺めてゐる。麓までは、近いところで二十キロもあらうか。あの山間の部落々々には、所謂敗残兵がまだうろうろしてゐるのだと聞いてゐたからである。
汽車は清風店といふ駅に停つたまゝ容易に動きだしさうにない。もう昼近くである。飯盒をおろし、携帯口糧の袋をあけ、それぞれ昼飯にとりかゝるものもある。
一時間、二時間、と過ぎた。なにを待つてゐるのだらう?
「今夜は新楽かな、定県かな」
堀内氏はひとり言のやうに呟いた。
「弁当にしませうか?」
隊員の一人、これは日本人の坂本氏が隊長の方へ声をかけた。
ところが、どういふ間違ひか、弁当は隊員四人に対して、二人分しか用意がないとわかつた。その二人分は、支那の隊員二人が食ふことになり、堀内、坂本両氏は、土産の餅菓子を取り出した。
さういふ私も、むろん弁当なんか持つて来てゐない。横着の
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