はない。
沿線は一面の棉の畑である。農夫の姿もところどころに見える。
例の粘土色の平野が何処までも続いてゐて、森も丘もない。たゞ、まばらな立木が、ところどころに生えてゐるだけである。そのなかに美しく黄ばんだ葉がみえるのはなんであらうか?
不思議なことに、針葉樹といふものがまるで見当らない。その上、どの樹も枝ぶりが同じやうで、何れもやはらかく垂れさがつてゐる。楊柳、アカシヤ、楡、たまに部落の近くにはナツメなどあるさうだが、遠くからはその見分けはつかぬ。季節のせゐもあらうが、全体の緑は、白つぽくくすみ、紺碧の空のなかへ、大地の色が沁み込んでゐるやうに見える。
なんの変化も、なんの刺激もない。自然は単調そのものだとは云へる。しかし、それでゐて、決して、荒涼たる眺めではない。たゞ巨きく、静かなのである。
望都といふ停車場に停つた。
守備兵の間を駈け抜け、梨売りが列車めがけてたかつて来る。五銭で十個、安いには安い。
「どら、ひとつ味をみてやる」
手を出す兵隊があると、梨売りは、油断をしない。
私は水筒に茶を入れることを忘れたので、早速それを買つた。今迄食つたどんな梨とも似てゐない
前へ
次へ
全148ページ中50ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング