たちは、悲痛な声で満洲小唄を歌ひ、堀内氏は朗々と槍さびをうなつた。
 アカシヤの生ひ茂る枝の下である。支那家屋の中庭は、忽ち「野戦カフエー」の珍奇な風景を呈しはじめた。
 頭の上を、騒がしく啼いて通る鴉の群を、私はしばらく眺めてゐた。その声は鳥といふよりも寧ろ獣に近く、例へば咽喉をからした小猫の啼き声を想ひ出させる。夕闇を更に暗くするほど、忽ち空一面を覆つた無数のこれらの鴉は、街の上をひと廻りして東へ飛び去つた。
 三本脚の野良犬が餌をあさりに来た。私は肉の一片をつまんで、こいつを門の外へ連れ出した。すると、あちこちから、大小さまざまな犬が寄つて来た。見ると、どれもこれもびつこをひいてゐるか、腰をひん曲げてゐる。私は、急いで門を閉ぢさせた。
「さあ、明日はいよいよ出発だ」
 堀内氏は感慨深げに叫んだ。
「やつぱり汽車は出るんでせうね」
 昼間、私は、鉄道に関係のある将校から、明日新楽行の軍用列車に乗せて貰ふ許しを得てゐるからである。
「大概、大丈夫と思ひますが……。わしの方はなにしろ大勢だから……」
「一緒に行けますね」
「何処までおいでですか?」
「先づ石家荘まで」
「わしも石家荘へ
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