と、側に控へてゐたお巡さんの一人が、そいつを両手に持つて、脚を踏ん張り、腰をひねり、気合もろとも、前後左右に振り廻してみせた。得意の手並を示すつもりである。

     靖郷隊

 晩餐の卓子には、お客が大勢あつた。
 主人側とでも云ふか、井河氏のほかに、例の局長とお婆さんの顔がみえ、客側として、日本人が四五人、そのなかに、満洲を本拠とする御用商、五十嵐組の若主人なる人もまじつてゐる。保定入城前後の模様、殊に、現在に於ける日本人の経済活動など詳細に聴くことができた。
 先づ私の興味をひいたことと云へば、軍人軍属に非ざる日本人、つまり、個人として商売を目的に既にこの土地にはひり込んで来てゐる日本人の数が、老若男女を合せて数百名に垂んとするといふことである。
 もちろん当局に於て、適当な選択制限が加へられてゐるのであらうと思ふが、それにしても盛んなものではないか!
 なるほど、その翌日のことである。井河氏を訪れて家屋賃借の許可を得に来た日本人男女の云ふところを聴いてゐると、なかなか面白い。
「手前どもは新京で料理屋をやつてゐるものですが、今度、こちらでひとつ、店を開かうと思ひます。如何でせ
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