日本」が、あらゆる点で、平素から民衆の眼にもつと洗練された趣味、殊に近代的なスマートさを誇示してもらひたいやうな気がするのである。欧米依存の風潮は案外、こんなところにも一原因があると考へられないことはない。支那に於ける各国の租界文化といふものを当局は政治的に検討してみたらどうか?
 それはとにかく、ホテルに帰ると、私は、T書記生をつかまへていろいろな質問をした。この人は事変前、やはり支那沿岸のある領事館に長らく勤務してゐた経験から、支那に於ける日本人の問題について相当面白い話題をもつてゐた。今それをいちいち紹介する暇はないが、こゝにも日支関係調整のひとつの鍵が秘められてゐるのを知り、今度の事変は、益々複雑にしてしかも微妙な将来を、われわれ国民の肩に投げかけるものであると思つた。
 英人経営のこのホテルは、まづこの土地では一流と云つてよいのであらうが、ボーイは悉く支那人で、その点、甚だ妙な具合である。日本人にサーヴイスなどごめんだといふやうな強硬な手合はゐないのであらうか? ちよつとでも所謂「侮日的」態度が見えたら、私の一夜の眠りは安らかなるを得まいと案じられた。ところが、腹のなかはどう
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