か知らぬが、表面はなんの変りもなく、寧ろ義務を義務として忠実に果すといふ風が見え、特にお愛相がいゝとまでは行かぬにしても、決して不愛想ではない。
 私は喉が渇いたのでアイス・ウオーターを持つて来いと命じた。すると、なにかの空瓶に生温い水を入れ、それへコツプをかぶせて持つて来た。水は一度沸かしたものだからそんなに冷くはないのださうだ。
 で、その理窟といつしよに、私は一杯の湯ざましを飲み込んで、今日日本租界の本屋で買つたばかりの「抗日論」を読みはじめた。時と云ひ、場所と云ひ、この翻訳論文集は興味湧くが如くであつた。
 蒋介石ほか十七人の、それぞれ時局を指導するためにものした文章が、こゝで様々な重要人物の思想と風貌を浮びあがらせてゐる。馮、張、毛、章、徐、胡(適)、何、陳、宋(慶齢)の言論は、殊に代表的なものである。
 この度の事変に対するわが国民の認識、就中、知識階級全般の覚悟を促すために、これらの文献は是非広くわれわれの間で読まれなくてはならぬと思ふ。
 それにしても、日本人の、いざといふ場合の挙国一致ぶりは誠に眼ざましく、頼もしい限りである。それだけ、政治家の責任が重いといふことを政
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