が争つて客を呼ぶ声をさう取つたのは致し方もない。街々に日本の兵隊があふれてゐることは事実だ。しかし、内地でも地方の衛戌地ならこれくらゐの割合で兵隊さんの姿に出会ふであらう。
たゞ司令部だけは、物々しい警戒ぶりだ。先づ衛兵の身構が違ふ。平服の悲しさで私は恐る恐る名刺を差し出した。
「宣伝部のK中佐にお目にかゝりたいのですが……」
指さゝれる方へたゞ歩いて行き、途中で会つた一将校にしかと道を訊ねた。
宣伝部は二階の広い部屋で、その出口の横に新聞記者控室があり、壁に各社名を書き込んだ札が並んでゐる。文芸春秋社といふのもあつた。その下に「不在」と赤字の札が下つてゐた。
控室をのぞくと、大テーブルの周囲にそれぞれ陣取つて、司令部の発表を待つてゐる記者諸君の顔が見える。連絡の給仕を後ろに待たせてゐるのもある。
正面の黒板にや発表係の将校が念のために描いてみせた地図であらう、白墨で道路と高地の曲線が戦術教官の要図そのまゝ無造作に描きなぐつてある。攻撃の重点を示す矢の印が、その上を斜に太く走つてゐる。
K中佐には、陸軍省の松井中佐から紹介を貰つて行つたのだが、生憎不在であつた。代つて、M少
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