た。味ふべき説である。
さて話が混線したが、われわれは腹がいつぱいになつたところで、Hに暇を告げた。
「コレラなんかにやられるな」
私が戯談をいふと、
「うむ、貴様も流れ弾に用心しろ」
送つて出ながら、彼は、Sに囁いた。
「こゝにをると前線に出る同期生がみんな訪ねて来るよ。おれは云つてやるんだ。――貴様早くくたばれ。さうせんとおれに隊長の番が廻つて来んつて……」
天津まで
塘沽の停車場は雑沓を極めてゐた。
そこで私は、最初に支那民衆の表情を読み取らうとしたが、なんのことはない、みんなのんびりとしてゐて、こつちだけが緊張してゐるのに気がついたくらゐである。一人一人についてはどうとも云へぬが、かうして群衆としての彼等を観察すると、そこには戦争などといふものか如何なる形でも映つてはゐないやうに思はれた。寧ろ、この雑沓の印象は、彼等の間を縦横に掻き分ける様々な日本人の姿が目を惹くせゐであることもわかつて来た。
藍鼠の水兵服に真つ赤な袖章をつけた伊太利の守備兵が五六名、なんの屈託もなささうにプラツトフオームを往つたり来たりするのが、たゞ一つの明るい色彩である。
明るい
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