。それをHの如く、断じて易きに狎れない覚悟をもちつゞけるといふことは、なかなか凡夫にはできがたい業だと今更敬服してゐる次第だ。
「つい二三日前、敵の飛行機がこの上へ飛んで来てのう」
 と、Hは愉快さうに語る。
「ほれ、あそこに造船所があつたらう。あの附近へドカン/\と落して行きやがつたよ。やられたのは支那人ばかりさ。馬鹿野郎だ」
「こつちに防備はないのか?」
 私はうつかり訊ねた。
「う? うむ……ないことはない。○○砲が○門ある。当りやせんよ」
「逃げ脚が早いでのう」
 と、まだ敵の飛行機を見たこともないSが応援した。
 妙なもので、将校たちが、例へば、○○砲は当らんといふのを聞くと、素人はなるほどそんなものかと思ふかも知れぬが、それは彼等の言葉癖を解せぬからである。あからさまに云へば、彼等は、自分の属してゐる兵科の自慢は大つぴらにやる代り、他兵科をわざとこきおろす無邪気な習慣がある。決して、近代武器の威力を軽しとするわけではない。逆の例を云へば、某飛行将校は、今度の実戦の経験を私に語り、飛行機の強敵は有力な敵機に非ず、砲兵に非ず、機関銃に非ず、寧ろ散開せる歩兵の小銃射撃なりと断言し
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