たか」
 と、H中佐は、起ち上つた。
「うむ、さうか。恰好はなかなか勇しいのう」
 Sの説明を聞いて、彼は、私の背広の腰に水筒と図嚢をぶらさげた異様な姿を見上げ見下した。
「後方勤務はおれの柄ぢやないわい。しかし、大いにやつとるぞ。此処の王様ぢやからのう」
 そこへ副官がはひつて来て、街路拡張の問題について住民代表が全部集つてゐると報告した。
「よし、いま行く。おい、昼飯を御馳走しよう。兵隊の麦飯もたまによからう」
 ○○は兵糧の元締だから物資豊かで贅沢に事欠かぬやう俗に考へられてゐるが、その○○の親玉の御馳走はとみると、これはまた思ひきつて質素な、そして手荒な兵隊料理であつた。しかし、私は、船の食事に飽きてゐたせゐもあり、甚だ食慾を覚えた。
「おれは兵隊と同じものを食つとるんだが、第一線のことを思へばね」
 Hは、なんの衒ひ気もなく、さう云つて箸を取りあげた。
 その後、前線を親しく見廻つて、私は痛切に感じたことだが、戦闘部隊は時としてまつたく給養の道を絶たれ、やむを得ず大根や生薯をかじつて饑を凌いでゐるのである。しかし、後方勤務の部隊は、殊に将校であれば少しの我儘は許されさうである
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