づから別な、融通無碍な一面がたしかにあることを注意しなければならぬ。
私は、たゞ、建物や、街路やそれらが組み立てる都市の外観についていふのではない。それらを含めてではあるが、北京といふ「生活体」の発散する雰囲気についていふのである。
支那全体については、また違つた見方をしなければなるまい。私は、この複雑な国家を、民族を、まだ語る資格はなささうである。
が、今まで漠然と伝へ聞いてゐた支那、時としては比類なき愛情を以て、時としては、敵意と軽蔑とをもつて語られる支那を、極めて自分には縁の遠いものと考へてゐた。ところが、政治的な意味ばかりでなく、私は、今度の旅行を契機として、支那及び支那人に対する興味が、非常な勢ひで頭をもたげて来たことを告白する。
十月二十八日午後二時、O、N、Wの三氏に送られて、私は、北京を離れた。
二等のコンパルチマンには、私のほかに、支那人の一家が乗り込んでゐた。中年の夫婦と、やゝ年をとつた身内らしい女と、赤ん坊との四人である。細君は三十そこそこであらうか、わりに智的な顔をしてゐるが、だるさうに後ろへもたれたまゝ、赤ん坊の世話を主人ともう一人の女に委せたきりで
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