るのは、例へば、日本人に物を貰ふ、或は御馳走になる、すると、その後会つた時、必ずお礼を云はなければならない。先日は誠に、といふ具合に、ちやんと挨拶をしないと、あいつは怪しからんと云はれる。忘恩の徒だといふことになる。少くとも礼儀を知らん奴と思はれる。これは、支那人の習慣と違ひます。こつちは、決してそれを忘れてゐるわけでもなければ、有難く思はないわけでもない。しかし、それを口に出して云ふのは可笑しいぐらゐに思つてゐる。何時かは返礼をするつもりだし、それも、直接にそのお返しをするのではなく、たゞ厚意に酬いるに厚意をもつてする機会を待つてゐるわけです。ところが、日本人は、それでは承知しない。黙つてゐると感謝のしかたが足りないと思ふ。顔を見たら、すぐ、その相手から何を貰つたか、いつ御馳走になつたかを憶ひ出さなければならぬといふことは、これは、われわれには辛い。支那人同士は、さういふことで、恩を着せたり着せられたりしないのです」
 この話は実に面白いと思つた。
 ところで、私は、その後日本へ帰つて、信濃憂人といふ人の訳した「支那人の見た日本人」といふ本を読んだが、たまたま、黒海震なる一支那人の「
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