然たる婆さんが、横から熱心にのぞき込んでゐた。
 この婆さんは少しフランス語を話すらしいので、合ひ間あひ間に、事変問答をしてやらうかと思ひ立つたが、どうしても気がひけて切り出せない。
「あなたは天津へお帰りですか?」
「さうです」
「天津には長くお住ひですか、もう?」
「十五年」
「……」
 支那は住み心地がいゝですか、と訊かうとして、つまらなくなつてよした。
「あなたおやりなさい」
 私が席を起つと、その婆さんは、大急ぎで盤に向つた。
 見覚えたにしてはこの婆さん、なかなか頭がよく、寧ろ意地の悪い手の連発で、易々と彼女の一番若い、そして、一番美しい同僚をひねつた。
「おゝ」
 と叫んで、負けた方は、私の顔を見た。気の毒だが、どうしやうもない。

     最初に会つた同期生

 門司でも幾人かの将校が乗り込んだ。
「おい、岸田ぢやないか」
 アレキサンダアに似た工兵中佐が私の肩を叩いた。
「忘れたか。Sだよ」
「あゝ、さうか」
「何処へ行くんだい」
「うむ、従軍記者だ。よろしく頼む」
「ほう……それはそれは……。貴様の書くものはうちの嬶が読んどるぞ」
 もう一人の騎兵中佐が、その時、
前へ 次へ
全148ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング