竜にさらはれてもよい」と天に誓ふ程の図太さであつたが、誓ひの言葉が未だ終らない中に、本当に竜にさらはれて行く。

 筋は他愛のないものだが、歌を聴くのが主だと云はれてみれば、それまでの話である。しかし、歌を唱ひながら、それぞれの役柄に応じて、型の如き身振りをするのだが、その身振りは、身分、年齢、性格、殊に、青年男女の性的魅力を、極めて端的に、しかも微妙に現はすこと、わが歌舞伎劇の手法に酷似し、更に私の観察では、若い女の媚態を形づくる線の動きは、不思議に日本の伝統的な女性美の標準と一致するものがある。云ひ換へれば、西洋の如何なる芝居に出て来る女も、コケツトな表情の百姿百態を通じて、まつたくこれと共通したものをもつてはゐないことを注意すべきである。
 それともうひとつは、役者の見得の切り方であるが、あの瞬間の動きと「きまり方」の呼吸は、これまた、日本の歌舞伎と支那劇との性格を近づけてゐる。
 この発見は、恐らく、私を途方もない仮定に導くやうに思はれる。といふことは、わが歌舞伎劇なるものが、案外、今日まで信じられてゐるのとは反対に、直接支那劇の影響を受けてはゐないかといふことである。
 さも
前へ 次へ
全148ページ中115ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング