やうで、親しみはもてるし、嗤はれてゐながら腹は立たない。憫れみを受けても、自尊心は傷かず、怒られても、笑ひたくなる。あなたは、人にものを云ひかけながら、自分自身にものを云つてゐる。人を嗤ひながら自分自身を嗤つてゐる。人を憫みながら、自分自身を憫んでゐるのだ。
 あなたは、左の胸の、何番目と何番目の肋骨の間に、心臓があるとは云はない。こゝに耳をあてろ、この音が心臓だと云ふ。心臓を掴み出して、これが情熱だと云ふ。
 人生の二重相を看破した最初の詩人はあなただとは云はない。あなたは、現実の世界と夢の世界とを、更に、真の世界と偽りの世界とに区別した。そして、その二つの世界が、人間の魂の二つの姿であることを指摘した。心の底に潜む心を捉へ、感覚の裏に眠る感覚を呼び覚した。聡明なペシミストとしての人生観がそこから生れた。
 或る批評家が云つたやうに、あなたは始め辛辣なユモリストとして人生を戯画化した。しかし、あなたの本性が更にあなたの仏蘭西人としての特質が、そしてあなたの生活の体験が、あなたの人生観を禁慾主義的な微笑で包むやうになつた。それと同時に、あなたの嫌ひな「人間」が、あなたのうちの「人間」と
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