明日の劇壇へ
岸田國士

 注文により、「劇壇へ!」と呼びかけはしましたが、少くとも今日の私にとつて、その相手は何処にゐるのかさつぱりわからないのであります。
 劇壇とは、劇場を中心として、俳優、劇評家、作者、装置家、その他の演劇関係者を網羅した一社会を指すものであるなら、現に存在しないとは云へないのでありますが、その社会には、今や、脈絡なく、秩序なく、理想なく、希望なく、発言者なく、傾聴者なく、権威なく、輿論なく、たゞあるものは、商業主義の盲断と、これを繞る因襲の跋扈のみであります。
 商業主義も可なり、因襲も亦可なりですが、演劇の社会にあつては、一方、これを刺戟しこれを誘導する創造的機運が、その何処かに動いてゐなくてはなりません。
 わが「劇壇」の現状は、遺憾ながら、かういふ機運の成長を阻むあらゆる要素から成立つてゐます。
 今日まで、新劇運動と称せられた少数者の青年的意気は、勿論、既成劇壇に対して一個の未来を対有すべき生命でありましたが、この生命は、これを育むものゝ独善主義によつて、早くも涸渇してしまひました。演劇の本質を無視した新しい演劇運動といふものが、遂に実を結ばないのは、
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