その頃の区隊長N中尉はなかなか面白い人で、僕のやうな男は、叱つて見たところで役に立たないと見て取り、常に僕の悦びさうな処罰法を考案した。その時も、あのネルソン版の仏訳「貴族の家」を没収した上、僕を衛兵勤務にまはし、肌寒い秋の一夜を歩哨に立たせ、翌朝日出の時刻を正確に計つて報告せよと命令した。僕はそれで「日は何処から出ますか」と聞いたのである。中尉は顔の下半分で怒り、上半分で笑つてゐた。
クウプリンの「決闘」を読み、徳富蘆花の「寄生木」を読んだのもその頃である。
それから間もなく、士官候補生として九州のある歩兵聯隊へはひつた。そこに、一年志願兵でXといふ国学院出身の人がゐて、その人が中学校の先生をしたことがあり、僕にいろいろ国文学の知識を授けてくれたやうである。その人の紹介で、長崎にゐる×泉×といふ「文章のうまい青年」と手紙の往復をしたことがある。これが多分、今日の×泉××氏ではないかと思ふ。
その頃から、僕は、やうやく文芸雑誌といふものを手にするやうになつた。
いよいよ少尉の辞令を貰つて、これからは誰にも気兼をせずに本が読めると思つてゐると、或る日、聯隊附中佐が僕を呼んで「
前へ
次へ
全6ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング