貴公は大分本を読んどるやうだが、どんな本を読んどるか、我輩に見せい」といふのである。二度目の催促を受けた時に、「西洋の本ばかりだから、御目にかけてもおわかりになるまい」といふやうなことを云つたら、そのまゝ黙つてゐた。
然るに、二三日して、僕が同僚と将校集会所で玉を突いてゐると、その中佐がのつこりやつて来て、「おい、岸田少尉、なぜ本を見せんか」といふから、僕は、冗談のやうにして笑つてゐると――実は笑ひながら平気で玉をねらつてゐると――いきなり、そのキユー尾をつかんで、大喝一声、「なぜ返事をせんか」と怒鳴つたものだ。その辺にゐた若い士官達――中には将棋をさしてゐる老大尉も交つてゐたが――一斉に立ち上つて不動の姿勢を取つた。僕は、少してれ[#「てれ」に傍点]気味で、「えゝと、いくつだつけな」と云つた。
特命検閲といふものがある。大将級の検閲使が中央部から幕僚を大勢引連れて各師団の成績を検べに来るのである。
その時、検閲使は××宮殿下、首席幕僚が××少将(今の大将)その次が××大佐(今の中将)といふ一行で、聯隊は上を下への騒ぎ、隊長の運命は此の検閲の成績で決まるといふのだから仕方がない
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