平凡な一市民、或は一国民といふものを一つの人間の理想として考へてですね。
 つまり、みんながなり得る限度といふものがありますからね。そのみんながなり得る限度といふもので甘んじたいのですよ。
 日本一の亭主とか、日本一の男とかなんとかいひますが――さういふ概念は大いに再検討しなければならんのです。これは僕の友だちから聴いた話ですけれど、もう実に何処が悪いといふことは絶対に云へないほどすべてのことがキチンとしてゐて、隙がなくつてね、さうして純情である、さういふ男がゐてですね、その細君が家出をしたのですよ。ところが、なぜ家出をしたんだらうかといふことを訊いてみても、細君が誰にも云へないのです。しかし、その男を識つてゐる人たちは、成る程と頷けるんださうです。
 どこがいつたいそれぢや細君の気に入らないのか? 例へば、女学校を出る娘さんに、どういふ人と結婚したいかといふ箇条書を書かせる。何と何と――それを悉く具へてゐるやうな亭主なんです。それでゐて、成る程あれでは一緒に苦労しては敵ふまいといふやうな亭主なんです。その話を聴いて、実にをかしいやうな悲しいやうな変な気持になりましたがね。なるほど、さ
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