さんも御承知のやうに、なかでも文学、芸術は、もともと、人間の精神活動がもたらす一種虚業的な存在でありまして、これを功利的に扱ふことは、その本質から云つて不純なことゝされてゐるのであります。
しかしながら、それはやはり、観念的に云つてさうなのでありまして、国家非常の時、文学、芸術に携る国民の一部のみが、同胞の希望と運命とをよそに、ただ個人一個の空想の天地に遊んでゐていゝといふ道理は断じてないのであります。
私は考へます。さきほど申しましたやうに、われわれは、特殊な職能をもつものとして、必ずしも日夜、天下国家を論じた方がよいとは思ひません。ペンを取り、カンバスに向ひ、楽譜をひろげる毎に、国策の向ふところを念頭に思ひ浮べねばならぬといふやうな、仕事の性質ではないのでありますが、しかし、今こゝで、文学に限つて、私の議論を進めて行きますと、文学の人類の進歩にもたらした今日までの功績に鑑みましても、国家の非常時に於る文学の役割といふものは、決して、消極的にさまざまな統制を受けさへすればそれですむといふやうな、自主性のないものではないのであります。
文学は、抑もその歴史から申しましても、それぞ
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