かし、国民のうちには、その方がいゝのではないかと思つてゐるものが、なかなか多い。私はその原因を指導者の形式主義にばかり帰したくはない。国民のあらゆる階級が、その職業の性質如何を問はず、所謂国策に沿ふ新しい生活体制を樹立すべき共通の一線が、ちやんとほかにあることをまだ認識してゐないからだと思ひます。

       四

 ほんたうの国民の協力は、めいめいの職業を通じてのみなし得るものではない。もちろん、職業は個人の生活の大きな領域を占め、直接間接に社会の機構、国家の組織に結びつくのであるけれども、それは、職業を含めて、個人個人の全生活の徹底的樹て直しといふところから始めなければ、実際の効果は挙らないのであります。
 全生活の樹て直しとはどういふことかといふと、先づ人間的な反省を基礎として、国民としての自己完成に向ふことである。人間的な反省とは、早く云へば、「機械」にもならず、「動物」にもならぬといふ、この二つの限界を厳しく見究めることであります。人間は神と悪魔の間にあるもので、時としては神の性質を、時としては悪魔の性質をあらはすと云はれてゐますが、私は、その間、上下もう一つづゝの段階を
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