ものについて、その職業本来の特性を守つてゐれば、それですんだのである。しかるに、時代はどうしても、職業と戦争とを結びつけ、これを国家の立場から眺め、無理にも公益優先といふ、自由職業にとつては、殆ど致命的な反省を強ひられる結果になりました。
 われわれは、同胞のかゝる犠牲を見て見ぬふりをしてはならぬと同時に、時局によつてなんら制限を受けない職業部門の人々が、この犠牲を当然埋める責任を負はねばならぬと信じてゐます。
 それはさうと、職域奉公即ち職業を通じての国家への奉仕といふ観念を、あまりに弄んではなりません。
 国家の機能、国民の生活といふものは、決して、概念の上に立つてゐるのではなくて、あくまでも具体性を備へたものである。官吏は机に向つてゐても国家といふ考へは念頭を去らないであらうけれども、料理場の板前は魚を俎の上にのせながら、祖国の運命を考へるとしたらそれはたゞ国民の至情そのものであつて、決して官吏や政治家が言葉で云ふ様な、スローガンめいたものではない。なんにも口では云はぬから怪しいなどゝいふことは、決してないのであります。これを、なんとか云はなければならぬと教へたものはない筈だ。し
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