これに当る部門はほかにもありませうけれども、私は、文学こそ、その主力的なものだと信じて疑はないのであります。

       八

 こゝで皆様の注意を喚起したいのは、この非常時といふ時の性格についてゞあります。これを歴史的転換期と申してもよろしい。国力、民心ともに、大きな政治的動揺のなかに、たゞ一つの進路を求め、すべての眼が前へ前へと注がれ、あらゆる希望と不安とが行く手に指し示され、破壊と建設とが目前に相次ぎ、遅れるな遅れるなといふ声が耳を覆ふのであります。
 当面の敵は、なるほど、前に控へてゐます。これに対して、われわれは、武力と経済力とを動員し、今こゝに、国民の精神をもこれに向つて総動員しつゝあるのであります。
 ところが、敵は前面にだけゐるのではありません。側面からも背後からもわれわれの隙を窺つてゐます。どういふ敵でありませうか? 油断大敵といふ洒落ではありませんが、正に、それに類する大敵であります。即ち、わが国民の人間としての品位と指導者としての信用を脅す敵であります。
 これをもつと詳しく申しますと、非常時局に対してゐる国民のなかには、大きな三つの警戒すべき傾向が生じ勝ちな
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