。フランスでは、すべて芸術の先駆的傾向を、アヴァン・ギャルド即ち、前衛、或は先駆と名づけてをります。
現在に於る文学の前衛的任務も決して忽せにはできません。前に申しましたやうな、狭い意味での政治的役割は、ほゞこれに当るものだと思ひます。しかし、これは、すべての文学に求めることは困難なのであります。なぜなら、国民のすべてに、政治家たれと要求することは、いかに政治万能の時代と雖も無理な話であります。第一、その必要もありません。そもそも政治家といふものには、それ相当の資格があり、さういふ資格のない自称政治家の言論や行動ほど国を危くするものはありません。
文学者は概して、政治家としては不向きにできてをり、また自らもそれを知つてをります。殊に、専門の政治家や官吏にできることを手伝ふ余裕もない。ただ、われわれがしなければならぬと思ふこと、しかも、主として創作活動を通じてなし得ると思ふことは、第二の側衛的任務であります。
文学の側衛的任務とは、前衛に対して本隊の側背を護り、前面の敵に気をとられて、不意に側面から攻撃を受けるのを防止する任務であります。国防国家として、この任務はまた極めて重要で、これに当る部門はほかにもありませうけれども、私は、文学こそ、その主力的なものだと信じて疑はないのであります。
八
こゝで皆様の注意を喚起したいのは、この非常時といふ時の性格についてゞあります。これを歴史的転換期と申してもよろしい。国力、民心ともに、大きな政治的動揺のなかに、たゞ一つの進路を求め、すべての眼が前へ前へと注がれ、あらゆる希望と不安とが行く手に指し示され、破壊と建設とが目前に相次ぎ、遅れるな遅れるなといふ声が耳を覆ふのであります。
当面の敵は、なるほど、前に控へてゐます。これに対して、われわれは、武力と経済力とを動員し、今こゝに、国民の精神をもこれに向つて総動員しつゝあるのであります。
ところが、敵は前面にだけゐるのではありません。側面からも背後からもわれわれの隙を窺つてゐます。どういふ敵でありませうか? 油断大敵といふ洒落ではありませんが、正に、それに類する大敵であります。即ち、わが国民の人間としての品位と指導者としての信用を脅す敵であります。
これをもつと詳しく申しますと、非常時局に対してゐる国民のなかには、大きな三つの警戒すべき傾向が生じ勝ちなのであります。一つは、平衡を失つた自尊心。即ち、人がどう思ふかといふ懸念、自分の眼でたしかにものを見、自分の判断で行動しようとしない附和雷同性の原因。
一つは、習慣性になつた競争心理、人を押しのけて前へ出ようとする性急な粗暴な言動。
もう一つは、思考力の凝結とでも云ひますか、或ることを考へると、もうそのほかのことは考へられなくなる傾向。従つて、いろいろな現象を自分の都合のいい結論へ引つ張つて行き、とにかくその場を切りぬける便宜主義であります。この三つの現象を別の言葉で云へば、人間が人間の本性から遠ざかつて、機械と獣に近づくといふことであります。
これらの傾向は、既に政治的な大きな結束力によつて、現在国民の足並を乱させるに至らず、当面の戦争といふ目標には、さしたる不都合もなく、個人的な問題として看過される場合があります。
ところが、かういふ心理的傾向は、徐々にではありますが、先づ社会現象として、国民の能率を低下させ、活動力をすりへらします。生活に対する疲労倦怠と国民体位の下落もその最も大きな結果であります。またそれが、国民の文化的教養の程度といふかたちで示されると、風俗の混乱、意志表示の貧しさ等になるのであります。さてさうなると、これは必ず側面の敵をして乗ぜしめる絶好の機会なのでありまして、殊に、直接には敵に有利な宣伝の具を与へ、徐々にわが国内を紛糾に導く手がゝりに利用され、われわれの遠大な理想を冷然と揶揄する口実を捉へしめるのであります。
そればかりではありません。かゝる傾向が国民の上層部まで浸み込んで行く結果は、長期建設の途上、必ず、わが国民への他民族の軽侮、不信といふ形で表れて来ます。敵性を示す国々の軽蔑はまだこれを懲らしめる手段がありますけれども、われわれに手をさしのべる民族の不信は、どうしてこれを取返すことができませう。
われわれの生涯に於てはなほこれを忍ぶとしても、われわれの子孫後裔をかかる境遇に投げいれることは、これを黙視し得ないのであります。
日本の光栄は、私ども、祖先からこれを受けつぎ、更に、子々孫々に伝へなければなりません。
過去七十年、わが日本は、まことに、非常時につぐに非常時を以てしたと云はねばなりませんが、この歴史は、所謂国力の発展といふ一語に尽きるでありませうか? われわれ国民の生れ育つた時代は、実に、私のいふところの非常時
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