的性格が同時に形づくられた時代であると云へるのであります。
 私は、かゝる時代に生れ育つた国民の一人として、この非常時中の非常時に際し、切にわが為政者並に同胞の皆様がたに知つて戴きたいのであります。すぐれた文学とは、かゝる側面の敵に備へ、国民の心の隙を戒め、乱にゐて治を忘れない精神のひろさと静かさを与へる、重要な任務につくものなのであります。そして、時代に眼覚めた文学者は、この文学の側衛的任務のためにおのおの、その才能と努力と情熱とを傾けようとしてゐるのであります。
 日本文学の伝統は、「ますらをぶり」と「もののあはれ」にあると云はれてをります。「ますらをぶり」とは、非常時をおそれない精神、戦ひにひるまぬ雄々しさであります。「もののあはれ」とは、移りゆく現実を直視して、そこに人間の偽りなき姿を発見することであります。万葉と源氏によつて代表されるこの二つの国民文学的血統は、日本文学者を、今こそ奮ひ立たしめるのであります。文学の側衛的任務とは、決して、文学者の遁避や躊躇を意味するものではなくて、寧ろ、文学の本質と伝統に即した貴重な使命を意味するものであります。(昭和十五年十二月)



底本:「岸田國士全集25」岩波書店
   1991(平成3)年8月8日発行
底本の親本:「生活と文化」青山出版社
   1941(昭和16)年12月20日
初出:「文学界 第七巻第十二号」
   1940(昭和15)年12月1日
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2010年1月20日作成
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