国語を通してであります。この経験は、率直に云つて、すべての現代日本人がもつてゐるだらうと思ひます。日本の新しい文学は、まつたく外国語の授けなくして育たなかつたと断言し得るのですが、しかし、国民全体の文学的教養の第一歩が、自国の言葉からでなく、外国の言葉からであつたといふやうな悲しむべき現象が、今後もし続いたとしたら、われわれの文明国民としての自尊心はいつたいどうなるのでせう。
 私は、国民の教養として文学を最も重要なものの一つとして考へるのでありますが、それは言ふまでもなく、目的を情操の陶冶におくのでありまして、人間が最も人間らしく生きる道を教へるのは、勝れた文学の健全な摂取でありますから、道徳も宗教もこの基礎なくしては、ひからびた存在になるのであります。現代の日本の教育は実にこの点で、過渡期的な状態を脱してゐないではないかと私は自分流に考へてゐるのであります。
 つまり、今の社会で、役に立つ人間をつくるといふ、極めて合理的なやうでその実、御都合主義の精神が、決して教へる者ばかりでなく、学ぶものの間にも満ち満ちて居ます。「今の社会に役立つ」といふことは、今の社会の欠陥や病根に、知らず識
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