があります。子供にもぴんと来るのです。いちいちそれを詮議するには当りませんが、美談を掲げてその効果を期待する精神の中には、さういふ隙間が往々あつて、やゝ深くものを見、鋭く判断する力をもつた者の顰蹙を買ふのです。文学はさういふ意味で、卑俗な美談尊重に大いに反撥します。が、これは文学が道徳と相容れないといふ一部の誤つた見方と何も関係はありません。文学こそ人生の真の美しい意志と感激とを、表裏錯綜した現実の中から仮名の人物に托して拾ひあげるものであります。
 国語教科書ばかりでなく、かういふ現代教育に対する忌憚ない批判は、皆さんの同感を得がたいかも知れませんが、これは単なる不満ではありません。皆さんの手加減が如何に働くかによつて寧ろ教科書編纂者の善良な意図があやまちなく達せられるのだらうと思ひます。そこで私は、先生方の教育者並びに人間としての確乎たる良心に信頼するものであります。

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昭和十四年六月、東京文理科大学内に開催された全国小学校教員国語協議会の需めに応じて行つた講演の速記である。同年七月、この速記は、「教育研究」に掲載され、なほ「革新」誌上にも転載を許した。

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