、様々な感情を言ひ現はすことができる。

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――おや、こいつは珍らしい。
――君は、約束をしといて、なんです、今頃。
――ああ、やつと来てくれたんですか、待つてましたよ。
――なんだ、こんなところへわざわざ来なくつてもいいのに……君は。
――やあ、たうとう来ましたね、それでも。
――へえ、君はよくそれで、おめおめここへ来られたもんですね。
――や、丁度いいところへおいでなすつた。
――さあ、それぢや一つ、よく話をきめておかうぢやありませんか、君が来た以上は、ね、さうでせう。
――なるほど、君はこんなところにゐたんですか。僕はまた、もつとずつと遠方に行つてるんだと思つてましたよ。
――ひどい目に遭ひましたね、さぞお困りでせう。お察しします。
――実は弱つたことができたんですよ。
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 等々々、この外「無数」と断つてある。
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――どうも早や面目次第もありません。
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 道草が長くなつたが、「物言ふ術」の研究は何れもつと系統的に述べて見たいと思つてゐる。
 序に、仏蘭西語で書かれた参考書を二三挙げておかう。
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De la physionomie de la parole (A. Lemoine)
〔La Diction Pratique (P. Se'guy)〕
Art de bien dire (D. Vernon)
Symphonie d'Expressions (M. Heymon)
〔Art the'a^tral (Samson)〕
〔L'Art de Dire et le The'a^tre (L. Bre'mont)〕
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 私は嘗て、戯曲作家の第一要件は「対話させる術」であると断じたが、ここで、俳優の「物言ふ術」と関連してそれを考へて見ることが出来る。舞台の上で「脚本朗読」をするだけなら、対話の形式で小説を書くのと変りはない。



底本:「日本の名随筆52 話」作品社
   1987(昭和62)年2月25日第1刷発行
底本の親本:「新しき演劇のために」創元社(文庫)
   1952(昭和27)年1月発行
入力:大野 晋
校正:多羅尾伴内
2004年12月11日作成
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