充分と思惟した場合には、劇場主に開演日の延期を要求する権利がある。
 勿論、一人だけそんなことを云つても駄目である。
「役者といふものはえたい[#「えたい」に傍点]の知れない「けだもの」だ。奴等は実際手綱をつけて引張つてやる必要がある――その必要があるのに、それに、さうされたがらない。そこなんだ、奴等が荷鞍で自分の背中を擦りむくのは。」
 これは、二百五十年前モリエールの発した嘆声である。

 仏蘭西の俳優について語るからには、「|芸術と活動《アール・エ・アクション》」社の首脳、ララ夫人を紹介しなければならない。
 モンマルトルの高台、ルピック街のさゝやかな建物を、狭い階段を伝つて昇りきると、そこに、「芸術と活動」社のスチュヂオがある。
 ララ夫人は、もう六十に近いと思はれる半白の老婦人であるが、その輝く眼にも、引締つた口元にも、豊な頬と頤の線にも、殊に、心持ちわざとらしい笑顔の中にも、人を魅する力――男をとは云はない――を充分にもつてゐる。夫君は富裕な建築師である。夫人は、最近、国立劇場コメディー・フランセエズの幹部たる位置を弊履の如く捨てゝ、因襲と生気なき伝統の束縛を脱し、「止まり
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