けてゐる」。なに、若いうちだ、何んでもやるさ。

 或る劇場の、一女優の化粧部屋――
「ちよいと、こら、あたしんとこへこんなに花環が……」
「へえ、」
「大成功ね、あんた、うれしくないの。いくつあると想つて……ひい、ふう、みい、よう、いつ、むう、なゝ、やあ、この……九つ。」
「それでみんなか」
「まだ少いつて云ふの」
「……(独言)畜生、花屋のやつ、一つ誤魔化しやがつたな」

 国立劇場は、俳優組合と関係なしで、俳優を虐待してゐる。最初の一年は月五百法。二年たつと六百五十、これがオデオン座の相場である。コメディー・フランセエズの方は、これより鼻糞ほど余計出してゐる。尤も幹部になると、相当の収入はある。ブウルヴァアルのヴデットほどではなくとも、コメディーの一流女優などになると、自働車ぐらゐはもつてゐる。
 後援者、それは勿論あります。クレマンソオでせうね、「天下の美人」セシル・ソレル嬢に例の真珠の頸飾を買つてやつたのは。

 ヴィユウ・コロンビエ座では、俳優に給料の差をつけない方針である。均一とまでは行かないが、月々の給料としては三百法から四百法までを限度としてゐる。滅法少いが、それでなければ劇場が立ち行かない。役者もそれで苦情を云はない。親がかり、共稼もある。みんな品行方正であるらしい。「どうもこればかりは仕方がありませんからね」さう云ひさうである。
 わが敬愛するB夫人の如きは、タイピストにも劣る服装をして、平気で町を歩いてゐる。

 ヴィユウ・コロンビエ座で面白いのは、夏季巡回興業の制度である。それは、同座の俳優を夫または妻とするものは、希望により手当を給して一座と共に旅行をさせることである。勿論、座員の資格を以てゞある。無言役として舞台にも立つといふ条件附である。
 逓信省の一小官吏が、ヴィユウ・コロンビエ座附女優を妻としてゐるお蔭で、懐を痛めずに炎熱の巴里を遠く離れ、ウイスバアデンあたりの避暑地のホテルで、大にやに[#「やに」に傍点]下《さが》ることが出来るなど、座主コポオ氏もなかなか苦労人ではないか。

 こんなことは興味がないかも知れないが――殊に日本の俳優諸君には――でもまあ、一寸序だから――
 仏蘭西の劇場は、俳優組合の協賛を経た上で、俳優の勤務怠慢に対する罰則を設けてゐる。即ち減俸である。
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