で、今日の仏国劇壇に重要な地位を占め、且つその作品は、決して時代の推移と共に価値を減ずることがあるまいと思はれる作家に、ジョルジュ・ド・ポルト・リシュがある。
 彼はキュレルに比して、理想主義的傾向は薄いにも拘はらず、その作品の劇的生命は、むしろより豊富で、且つより力強いものがある。彼が写実主義者である点、その流れをアンリ・ベックに汲んでゐると云へば云へるが、彼の特質は、全然優れた心理解剖家であることである。彼は、然しながら、ベックの如く冷やかな眼で人生を視ることは出来なかつた。一面、情熱の詩人である彼は、その解剖のメスを彼自身の心臓の上に加へた。彼は作中の人物それぞれの中に、己れの希望、不安、懊悩、怨嗟、諦めを与へ、自らその人物と倶に微笑み、戦き、身を投げ出し、泣き叫び、息づまるのである。彼の感受性には多分の「女性らしさ」があり、その表現には極めて虔ましいコケットリイと、やゝ捨鉢な露骨さが入り混つてゐる。
 彼は自作全体に「恋愛劇」の名を与へてゐる如く、彼の作品はことごとく赤裸々な恋愛史である。華やかにも痛ましい性的争闘の活写である。彼が描くところの男女は、ことごとく「性の犠牲」であり「愛の勝者被勝者」である。
 固より、彼の恋愛観は、十九世紀末的近代主義の洗礼を受けてゐるといふ点で、一概に過去の作家とその傾向を結びつけることは許されないが、仏蘭西劇の本流を形造る心理劇、殊にラシイヌよりマリヴォオを経てミュッセに至る偉大にして光輝ある仏蘭西戯曲の伝統が、十九世紀末より二十世紀の初頭にかけて、『過去』『ふかなさけ』『老年の男』の作者、ポルト・リシュを生んだことは決して偶然ではない。
 キュレルが、近代の思想劇に一つの出発点を与へたとすれば、ポルト・リシュは近代人の感受性に根ざす恋愛心理を透して、仏国劇の伝統を継承し、これを次の時代に伝へる最も眼ざましい頂点を占めてゐることになる。
 殊に見逃してはならないことは、近代劇の重要な進化の一点が、劇的文体の完成、言ひ換へれば人物の心理的飛躍に伴ふ対話の暗示的表現が、ベックよりポルト・リシュに至つて殆ど写実の極致に達し得たことである。
 仏蘭西の近代劇が、なるほど広大な視野、幽遠な幻覚の上に築かれなかつたことは、これを認めなければならないが、生命ある現実の正しい舞台表現が、統一の持続性と論理との極めて微妙な融合によつて、一大
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