進化の実を挙げ得たことを否むわけには行かない。
 ラシイヌによつて始められた心理解剖劇の伝統が、ポルト・リシュに至つて近代的色彩を与へられたとすれば、モリエールが開拓した伝統の一面、ヂナミスム(動性)を基調とする諷刺的喜劇の流れは、ジョルジュ・クウルトリイヌによつて、近代的ファルスの典型を示した。
 クウルトリイヌも亦、自由劇場に於て、その傑作『ブウブウロシュ』を発表した作家である。
 彼の作品は、多くは所謂「劇的スケッチ」とも称すべきもので、深刻な人生批評とまでは行かないが、犀利にして、軽妙な、性格描写の筆によつて、社会の戯画的諷刺に成功してゐる。
 彼はモリエールの如く、性格的「型《タイプ》」を創造することはできなかつたが、現代社会を形造る階級的乃至職業的「型《タイプ》」を捉へて、微細な観察を下し、これを特殊な「境遇《シチュエション》」の中に投げ込んで、一種のグロテスクな、同時に涙ぐましい笑ひを引き出す手腕をもつてゐる。
 彼は、仏蘭西人特有の凡ゆる感情のニュアンス、巴里生活の凡ゆる機微な問題を、そのゴオル人らしき機智《エスプリ》と|寛大さ《ジエネロジテ》を以て傍観し、いくらかのペシミスムと、あり余る皮肉とを、軽妙な理智の遊戯に託して、冷たい花びらの如く人の頭上に振りまくのである。
 彼の作には相当「一夜漬け」が多いやうにも思はれるが、何時読んでも、何時観ても面白いものに、例の『ブウブウロシュ』それから『署長さんはお人好し』『我家の平和』『真面目なお華客』等がある。(上記の諸作は最近に翻訳を発表する予定である)

     二、自由劇場没落後

 自由劇場の運動は、たまたま自然主義的傾向の露骨さによつて、次第に人心を離反させた。
 而も一方、既に、ヴェルレエヌ、ボオドレエルの名が詩壇を風靡し、象徴派の運動が漸次活気を呈し、ワグネルの演劇論が、舞台革命家の興味を惹き始めてゐた。
 やがて、同語国たる隣邦白耳義に、神秘主義の大旆をかゝげて、『闖入者』の作者モオリス・マアテルランクがあらはれる。
 ポオル・フォールは自由劇場に対抗して芸術座を起し、詩劇の復興を宣言して、大いにリリスムのために気を吐かうとする。(制作劇場《メエゾン・ド・ルウヴル》の前身)
 此の機運に乗じて、一躍、劇壇の視聴を集めた作家にエドモン・ロスタンとポオル・エルヴィユウとがある。
 十九世紀の黄
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