舞台の笑顔
岸田國士
此の標題は少し曖昧だが、俳優の笑顔を指してゐるのではない。舞台そのものの笑顔を云ふのである。舞台が顰め面をしたり、口角泡を飛ばしたり、めそめそ泣いたり、口を空いてポカンとしてゐたりするのではなく、絶えず――或は少くとも一と晩の半分くらゐは、見物に対し、快い微笑を送る――さういふことを指すのである。
かういふと、すぐに、それは喜劇をやるのかと問ひ返すものがあるだらう。喜劇固より可なりであるが、喜劇に限らず、一見それとは反対な悲劇の場合にしても、その舞台全体の相貌に、ある Accueillant な表情(一種の愛想よさ)を求むることは、現在の新劇を一層われわれに近ける所以だと思はれる。戯曲そのものは云ふに及ばず、俳優の演技にも、舞台の意匠にも、演出のトーンにも、われわれは、今日、あまりに屡々仏頂面に遭遇する。見物に背中を向けるといふところがある。取りつく島のない形である。少し言葉は悪いが「遠方をようこそ」といふ心持が現はれてゐない。これは誤解を招くかも知れぬ。決して見物の御機嫌を取れといふのではない。そんなことなら、大概の営利劇場では、とつくの昔やつてゐる。或は
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