そういうものが自分の記憶の中に積み重ねられている。あの時のあの人の泣き方はこういう感じがしていた。如何にも親しい友達が死んだ時の悲しさをあの泣き方は、はっきり示している。非常に感動的な泣き方だ。あの時のあの人は兄弟喧嘩をして如何にもくやしそうな泣き方だ。同じ泣くのでもいろいろな泣き方のニュアンスがある。程度や色合の違いがあります。そういうものを自分の記憶のなかに誰でも持っている。微妙にそれらの違いを感じ、受けとるのは、感性によって受けとっている。ところが、それが記憶のなかに積み重ねられていて、自分が泣き真似をする時、知らず知らず自分の記憶のなかからひとつの型を選びだすのです。それを選び出す時に、自分の今の目的に一番かなったやつをうまく、即座に突きとめ、それを最も自然に、正確にやってのけるのは、この感性の力です。
 泣くということの一例を挙げたに過ぎませんが、自分が或ることを示そう、現わそうとする時に、その現わそうとすることが、自分の思っている通りに現われているかどうかを瞬間に判断し、これを即座に調節する能力、これは感性です。俳優にはこの感性というものが一番大事である。一番大事であるとい
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