ものを否定することになります。これはルソー以来今日まで、ヨーロッパ諸国のなかでも、必ずしも跡を絶った思想ではない。社会一般が感情的に俳優の仕事をそんなに尊敬しないばかりでなく、ルソーのようなはっきりした考え方を持っているものがまだいます。
 日本ではどうかというと、これは御承知と思いますが、「河原者」という言葉がある。「河原乞食」ともいいます。これは元来歌舞伎劇というものの成立を調べれば直ぐわかるのです。例えば、於国という出雲神社の巫女が、平生は神社の巫女として神聖な歌舞を業としていたのですが、彼女は自分の芸を一般大衆の娯楽にまで押進めようとしたのです。そこで、京都に出て、三条河原に小屋掛けの舞台を作って、そこで極く原始的な楽劇をやって見せた。この河原というのは当時の都市に於る唯一の広場です。そこで、おそらく、他の都市に於ても、この種の興行物は河原を選んで行われたろうと想像されます。ともかく、この歌舞伎の小屋が河原にたてられ、俳優はこの小屋で起居したというところから、一定の住居もなく、芸と媚を売って諸国を転々とする男女、即ち「河原者」という名がつけられたのです。
 近代の演劇史を通じて
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