ものは、これは又一つのテストになる。点数をつけるその人のテストになります。ですから、私が諸君と一緒にどっかへ行く。偶々、乗物の中に並んでいる人達をみて、ABCという名前をつける。それからみなさんに点数をつけて貰う。どれが一番人間として魅力があるか、そして、その答を私が見る。そうすると、あなた方の観察力がわかるばかりでなく、これは想像力のテストにもなる。感性のテストにもなる。つまり、俳優の素質の大部分がテストされます。結局、あなた方はどういう人間を以て面白いとしているかということなのです。人間の魅力はどういう所にあるかを、諸君がはっきり知っているかどうか? それを我々が知るのには、最も便利な方法です。
 第一に正しく観察しているか、鋭く観察しているか、更に細い観察をしているか。先ずそれができるということが、俳優にとって非常に大事なことです。人間の魅力、人間としての面白さがどこにあるか、どういうところが一体面白いのかを判断し、そして、それを観察して、自分の頭の中に入れておく、これが俳優にとっては非常に必要な修業です。そういうことができるのは観察力のお蔭です。これはその俳優が、現代の最も複雑で而も深い人間性というものを、舞台の上に表現する場合に最も役立つのです。つまり現代の演劇を作り出す上に、非常に必要な素質であります。それがなければ現代の演劇というものは生れないのです。
 第四に記憶力。
 記憶力は四番目です。これは、あるにこしたことはないという程度のものです。記憶力がゼロであるどころか、マイナスである俳優が沢山います。而もあれは一向に台詞を覚えないといわれながら、なかなか幅を利かしている人がいます。しかし、記憶力がマイナスである為に、その役者は得をしない。ゴシップの種になるというだけで、決して得をしていません。演技を完成する上で、きっと大きな損をしています。この人が記憶力があったら、もっとほかの方へ力を使って、もっと伸びるだろうということになります。
 だから、記憶力が強いということは、やはり台詞を早く覚えるというだけでなく、その他の方へ安心して力が伸ばされる。特に現代の演劇は大勢の者が協力して作り上げていく。現代の演劇で記憶力がなかったら――記憶力というのは主に台詞を覚えることですが、台詞を早く覚えないということは、他の人に非常に迷惑です。普通の記憶力、或は普通以上
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